2025年11月4日に両親とやすと一緒に「九重“夢”大吊橋」に行ってきました。
ブログ書く奴がクソなのでやる気がない。
日帰りだったんですけど、11月5日は疲れてダウン。今日は6日も疲れが溜まってる。
管理者は死ね!
暴露大会
それもいいんだけど、
ほぼ80歳の父親が運転しました。ちょっとだけ私が運転。
「ここのえ ゆめ おおつりはし」
いつも「くじゅう」と読んでしまうけど「ここのえ ゆめ おおつりはし」
濁音が無いのが特徴です。
朝10時前に実家から出発して2時間は掛かりましたね。
高速道路サービスエリアは2回ぐらい立ち寄り。
九重“夢”大吊橋に到着すると私とやすだけが橋を渡る事なった。
両親は何回か来たようで、犬2匹預けて二人で渡りました。
平成18年(2006)10月30日にオープンした、「九重“夢”大吊橋」。長さ390m、高さ173m、幅1.5mのこの橋は、歩道専用として『日本一の高さ』を誇る吊橋です。
すぐ目前に、「日本の滝百選」にも選ばれた、「震動の滝・雄滝」や「雌滝」を望み、足下に筑後川の源流域を流れる鳴子川渓谷の原生林が広がり、 四季折々に織りなす大自然の変化は訪れる人々を魅了してやみません。 また遠くに、三俣山や涌蓋山など雄大な「くじゅう連山」が横たわり、360度の大パノラマは、まさに「天空の散歩道」にふさわしい、文句なしの絶景です。
入場料は500円です。
親達に犬を預けてる時に一匹の首輪が外れて逃げ出しそうになったと言ってました。
見てないので本当かどうかわからない。
大分の「くじゅう」とよく言うんだけど、
九重=ここのえ
久住=くじゅう
くじゅう連山とかは久住です。
要は、九重=苦重(くじゅう)だと嫌なんでしょう。
九重町・・苦が重なった待ち(町)これはNO!
なので「ここのえまち」
久住町・・くじゅうまち
これは苦が重なったイメージはない。長く住めるイメージ
どっちがいいんでしょうね。
wiki 見ると
九重山(くじゅうさん)は、大分県玖珠郡九重町と竹田市久住町の境界に位置する山々の総称(地質学上の呼称)[1]。最高峰は九州本土最高峰でもある中岳 (標高1,791m)
くじゅうさん=「さん」 九重にはならない。
里(さと)・・・(悟るの意味)
村(むら)・・・無を指している
町(まち)・・・待ちの意味
市(し)・・・死
県(けん)・・外でアガタ(縣)・・天に上がった(天に還る)
府(ふ)・・不死の不・・昇天すればずっと不死です。
道(どう)・・同
都(と)・・最後の戸、都の部首は「おおざと(大里)」
都は基本的に無理です。
神になってから悟る事なので今のところ無理
人間はどこがいいか、里(さと)がいいでしょうね。
理(ことわり)・・これはダメなんです。
この世界の理(ことわり)は割ってる。二とか三に割っている。
割っているのが現実世界だけど、真里に辿りつくなら割らない。
なぜか終わらない=お割らなないの神
神に到達するなら割らない。終わらないの里(悟る)。
実際この世界はループしているので、人間は常に生きていると言えるし死んでるとも言える。
九重なのか久住なのか?
神はずっと考えてる。ずっと悩んでる。
九重“夢”大吊橋
できれば
夢の大橋の方いいです。夢の・・夢がゼロになる。
夢が終わった方が人間は楽になる。
神からすると人間世界は夢なんです。
創造=想像=夢
想像=イメージ=イマジン=今神
こんなクソ(神)の事をなんで書かないといけないの?
ダメあるね。
ちゃんと人間としてのブログを書きましょう。
お前は神じゃない
神を捨てなさい
人間として死になさい